湯は、
夫婦の夢に花を咲かせる。

理想の宿をつくることが夫婦の夢だった。東京で働いていたふたりは、まず伊豆高原にペンションを構えたが、まだ理想の宿とは言えなかった。海の近くがいい。できれば温泉に浸かりながら海を眺められる宿にしたい。そしてついに結婚１２年目、ふたりの夢に花が咲いた。

半田満さん、宣子さんが営む「かけ流しのお宿　夢花」が東伊豆に完成したのは２００８年。たちまち予約半年待ちの人気宿となった。１日１組の客を夫婦ふたりでもてなす。心のこもった接客と絶品料理、そして太平洋を眼下に見下ろす素晴らしいロケーションがうけた。親戚のおじさん夫婦の家に招かれたような感覚。木の温もりに包まれた上質な空間は、数奇屋建築の名工・加藤和司さんが手掛けた。目玉の絶景露天風呂は、溢れる湯が海へ流れ込むようなイメージで設計されている。

　３km離れた源泉から届く温泉は、ちょうど良い湯加減となり、加水することなく贅沢に注がれる。潮風に吹かれながら格別の湯に浸かり、真っ青な空と海の境界線を探す。時折、崖の下から聞こえてくる伊豆急の電車音がこれまた心地良い。風呂上がりは太平洋に浮かぶ大島や伊豆の島々を眺めながら缶ビールを開ける。洗練されたリゾートホテルのサービスとは真逆にある“心のラグジュアリー”を体験できる。

以前は７ケ月先まで予約を取っていたが、忘れる客も出始めたため、最近は２ケ月先まで。つまり半年以上だった待ち時間が２ケ月に短縮されたわけだ。ただし毎月１日〜５日の間にファックスでしか受け付けていない。このアナログなシステムもまた、この宿の魅力なのである。

Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton