湯は、世を安らかにする。

熊本市の真ん中に昭和５年創業の「世安湯よやすゆ」という銭湯がある。自分のラジオ番組への投稿によってその存在を知ったのは２０１６年の４月。「熊本に素晴らしい銭湯がある」というお便りを紹介した直後に熊本地震が発生し、世安湯は全壊した。折れた煙突が湯船に突き刺さり、浴場はめちゃくちゃになった。幸いにも、伝説の銭湯絵師・中島なかじま盛夫もりおさんの富士山だけはほぼ無傷だった。それから復活するまでに費やした時間は１年半。湯主の坂﨑さん夫妻をお見舞いしたことがきっかけで、再建までの道のりを遠くから応援させて頂いた。

２０１７年１１月、多くの銭湯ファンの愛情に包まれ、世安湯は昔の佇まいを残しながら再び歩き始めた。一見、何の変哲も無いごく普通の銭湯。しかし一度浸かれば、その素晴らしさが分かる。隅々まで清掃が行き届き、湯は常に新鮮。鏡やカランには水ジミ一つなくピカピカに磨き上げられている。

４つの浴槽は、４０度、４１度、４２度、そして２０度の水風呂と理想的な設えだ。しかし何より感動するのは湯の柔らかさ。熊本の水は、阿蘇に降った雨が地中で２０年濾過されて湧き出すのでミネラルが豊富で心地いい。しかも世安湯は、それを軟水に変えるためのイオン交換器を今年から導入した。

熊本の地下水をベースにした超軟水を薪で沸かす・・・湯触りはどこまでも優しく、温めた雲の中を泳いでいるような気分になる。まさに温泉を超越する銭湯。風呂から上がると、安らかな幸福感に包まれる。まさにここは世を安らかにする湯屋なのだ。

Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton