湯は、
伝説をいまに伝える。
奈良時代の女帝・孝謙天皇がこの地を訪れたとき「奈良の都は七条、この地の棚田は七段。ここも奈良だ」と言ったことから、「奈良田」と呼ばれるようになったという。奈良田を我が都のように気に入った孝謙天皇は8年もこの地に暮らし、川から湧き出す湯で様々な病いを完治させた。それが奈良田温泉の伝説の始まりである。
かつては日本の秘境中の秘境と称された奈良田だが、1957年(昭和32年)、ダム建設によって集落のほとんどが湖の底へ。その直前、奈良田の湯を守るため、無謀な掘削を試みた男衆がいた。こうして復活したのが「奈良田温泉七不思議の湯」である。七不思議の湯という名前は、様々な病に効くことに加え、透明、グリーン、白濁へと次々と変化していく神秘的な色に由来する。白根館はその源泉を掘り当てた深沢菊男さんが開業した一軒宿だ。
高速を降りて、富士川沿いの道を奥に進むこと1時間以上・・・南アルプスの山懐に抱かれた、これぞ秘湯。泉質抜群の湯を求めて多くのファンが足を運ぶ。100%源泉掛け流しの含硫黄ナトリウム塩化物泉。手桶に汲んだ湯を浴びた瞬間、トロトロの湯に思わず顔がほころんだ。壁の向こうに連なる山の端を目でなぞりながら、絶妙の温度の湯に浸かっていると、身体にツルツルのコーティングを施しているような気分になってくる。
これほどの湯にも関わらず、実はこの春に白根館は宿泊をやめてしまった。秘境ゆえに働き手がなく、家族3人だけでは宿の運営が難しくなったのだ。いまは日帰り入浴のみ。次は我々がこの湯を守る番である。東京からおよそ4時間を費やしても、ここに浸かりに来る価値はある。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
白根館
- 〒409-2701 山梨県南巨摩郡早川町奈良田344
- TEL : 0556-48-2711
- URL : http://www.nukuyu.com/shiranekan/
- 料金 :1,000円(税込/一般)
時間 :10:30~16:00まで (最終受付は15:30〆)
休館日:不定期 *お電話またはホームページにてご確認ください。
JR身延線「下部温泉駅」から奈良田温泉行きバスで約1時間10分、南アルプスの麓にある山深い小さな集落が奈良田だ。「民俗学の宝庫」と称されるほど、独特な文化がのこり、奈良時代に孝謙天皇が行幸した際、八幡社に願掛けしたら温泉が湧いたと言う伝説がのこる。総檜造りの内湯2つと木と岩造りの露天風呂があり、日毎に男女交替制となっている。