お医者さんが受け継いだ、
地域を繋ぐ湯。
閉業した銭湯が1年余りで復活する。それ自体めずらしい話だが、「寿楽温泉」の場合さらに特殊なのは、手掛けたのが地域のお医者さんだったこと。2023年2月、大阪・北加賀屋にリニューアルオープンした寿楽温泉。「南港病院」院長である三木康彰さんは、犬の散歩中に偶然、銭湯のオーナーと出会い経営を受け継ぐことになった。解体工事の間際だったという。
「オーナーさんも続けたいという気持ちがあって、銭湯に興味がある若い人たちに打診をしたものの、採算が合わないとお断りされていたんだそうです。僕たちの場合、採算が合うかどうかはわからないけど、地域活性化の取り組みのひとつとして銭湯の運営にチャレンジしようと思ったんです。銭湯を中心にいろんな人たちが集まって、楽しい街だということが広まって、若い人たちが住んでくれるようになったらな、と。銭湯自体はだんだん少なくなってきているから希少価値というか、銭湯に対する憧れやニーズも将来的に上がってくるやろうなと考えました」
妻の三木順子さん、建築士の川崎修平さんを中心に、あたらしい寿楽温泉を作り上げていった。奈良の古民家で見つけてきた建具を取り付けたり、中庭がよく見えるように戸をガラス戸に取り替えたりと、手を加えたのは細かなところ。前身の面影を残しながらのリニューアルになった。これまでの寿楽温泉と大きく違うのは、2階の休憩スペースで定期的にイベントを開催している点だ。“湯上がりワインガーデン”や“アロマトリートメント”、そして“いきいき老活”など医師である三木さんならではの企画もある。
「よそと差別化というか、はっきりした形で運営しないと。どこ行っても同じだったら選んでもらえないので、そういう意味では考えています。『イベントまた楽しみにしてるで』とか言われたら、やりがいもありますしね」
午後3時の開店にあわせ、湯は朝の10時から薪で沸かしている。北加賀屋はもともと造船業が盛んだった一帯。その名残りで材木店が多く、端材も調達しやすい。希望者にはボイラー室で窯に薪を焚べる体験もしてもらっていて、特に海外の人に好評だそうだ。湯の温度は基本42度だが、お客さんに「ちょっと熱いな」と言われたら、ぬるくしてみる。お客さんの顔をきちんと見つつ、でも堅くなりすぎず。いまの寿楽温泉らしさは、そんなふうにして出来上がっている。
三木さんは病院の患者さんと、浴場でばったり会うこともあるとか。
「ここでは医者と患者じゃなくて、普通のご近所さんみたいな話をしています。だって、ここでは僕もビールを飲んだり、お風呂入ったりして、そんなお医者さんらしいことはしてないから」
そして、これからの寿楽温泉は北加賀屋の街でどんな存在になっていくのか。順子さんが教えてくれた。
「頼りにしてもらえる場所になるといいですよね。イベントとかをすると、おばあちゃんと若い世代の人が一緒に喋っていて、『ここ来たらあんたらみたいな若い子と喋れるのがいいわ』と言ってくださったりして。独居の方も多いので、それも地域の役割のひとつかなと思います。もっとたくさんの人に来てほしいですね」
Text by Chako Kato
Photographs by Alex Mouton
寿楽温泉
- 〒559-0011 大阪府 大阪市住之江区 北加賀屋 1-10-1
- TEL : 080 4788 9586
- URL : https://jurakuonsen.com
- 営業時間:15時~23時
料金:大人¥490 小人¥200
定休日:水曜日
Osaka Metro四つ橋線北加賀屋駅から徒歩5分の場所にある銭湯。1963年創業。現在は10名ほどのスタッフで運営していて、アルバイトスタッフの中には三木さんの患者さんもいる。