湯は、文化の種となる。
ニューヨークに本部を置く「ワールド・モニュメント財団」は、緊急に保存や修復などが求められる歴史的建築物を「文化遺産ウォッチ」に認定し、世界に向けて復旧支援の必要性を訴えている。2020年版のそれでパリのノートルダム大聖堂と並び、一軒の銭湯が選出されたことは意外と知られていない。明治末期に創業した北区滝野川の「稲荷湯」である。戦前の東京銭湯の特徴を今に伝える宮造りの外観。その建築的魅力に加え、私は湯主の人柄に惹かれて20年以上通い続けてきた。この間、残念ながら四代目女将が亡くなり、今は五代目の土本公子さんがご主人と稲荷湯を守っている。
「お客様からお金を頂くからには、感動させなければいけない」が、先先代からの教え。一度稲荷湯の暖簾をくぐれば、それが実感できる。ピカピカの床、井戸水を沸かした柔らかい湯、正月に必ず新品に取り替える木桶、定期的に塗り替えるペンキ絵・・・昔ながらの銭湯の佇まいを残しながらの、東京随一の清潔さと誠実な商いの姿勢、そして人情味溢れる接客がたまらなくいい。
今回、清潔な稲荷湯の裏側を知りたくて、清掃作業に参加させていただいた。営業終了後の深夜1時15分からおよそ2時間。鏡からカラン、壁にタイルに浴槽、脱衣所の床までピカピカに磨き上げる。全ては人の心を動かすため。つまりはそれが文化の種なのだ。
この稲荷湯を後世に残すべき文化遺産として認定したワールド・モニュメント財団のセンスに拍手を送ろう。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
滝野川 稲荷湯
- 〒114-0023 東京都北区滝野川6-27-14
- TEL : 03-3916-0523
- URL : https://www.1010.or.jp/map/item/item-cnt-560
- 料金 :一般470円
時間 :15:00〜25:15
定休日:水曜
アクセス:都営三田線「西巣鴨」駅下車、徒歩6分
埼京線「板橋」駅下車、徒歩6分
千鳥破風の屋根で戦前の面影を残すレトロな外観。玄関に「わ」の板がかかると営業中であることなど、江戸の銭湯文化が残る。映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地になったことでも知られている。2015年に浴場を全面改装したが番台は昔のまま。綺麗で清潔ながら、懐かしさも残る銭湯に、毎日訪れる常連客も多い。