湯は、人の情けを育む。
話は昭和30年代(1955〜65年)に遡る。福岡に暮らす農家がある事件に巻き込まれ、金銭的に困っていた。捜査を担当していた警察官は、困り果てた顔を見てこう言った。
「私がこの土地を買って家を建てるから、それで支払いなさい」
妻の大反対を押し切って警察官はその土地を買い、田畑しかないような場所に家を建てた。そして井戸をつくろうと、昔から村を守ってきた地蔵の下を掘ったところ温泉が出た……。これが「博多元湯」の始まりである。風呂はすべて手づくり。それを手伝った長男の安部隆宏さんは、当時小学4年生だった。現在は妻の恵美さんとともにこの湯を守っている。
男湯、女湯ともにこぢんまりとした浴槽がひとつずつ。49°Cの源泉が時折、浴槽に勢いよく噴き出す。思わず声をあげてしまうほどワイルドな仕組みだ。加水は行われていないので、当然ながら熱い。3分で身体は真っ赤になるのだが、体内の毒素が抜けたような心地よさを覚える。実際、湯治目当てで訪れる客も多く、2階は休憩所になっている。
とはいえ、1日の来客数は10人程度。商売としては成り立たない。それでも続けているのは、ここに集う人が喜んでくれるから。2年前に引き継ぐまで、安部さんは薬品メーカーに勤務し、医者と癌の話をしていた。 それがいまでは、癌を患っている 老人から感謝される……。安部さんはここで新しい生き甲斐を見つけた。警察官ひとりの情けから始まった幸せの連鎖は、60年を経たいまも続いている。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
博多温泉 元祖元湯
- 〒811-1311 福岡県福岡市南区横手3−6−18
- TEL : 092-591-6713
- 営業時間:13:00~18:00
定休日:毎週木曜日
入浴料:13:00~15:00 600円、15:00~17:00 500円、17:00~18:00 400円
博多駅からクルマで約15分。湯は塩化物泉。県内有数の湯量と熱さを誇る。入場料金で何度でも入浴可能なため、早い時間ほど入浴料が高く、遅い時間は低く設定される。