湯は、
色褪せた記憶を彩色する。
自分の記憶の奥底にうっすらと存在する温泉がある。もう50年も昔の話だ。祖父母に連れられて行ったその温泉は山の中にあり、炭酸のような湯に感動した。湯に浸かると、身体じゅうに泡がくっつき、それが子どもながらに心地良かった記憶がある。
数年前、ふとあの温泉のことを思い出し、無性に浸かってみたくなった。記憶の糸を手繰り、両親に話を聞くなどして、それが自分のふるさとである天草のすぐ隣、宇城市の三角町にある金桁温泉であることがわかった。温泉の発見は1803年というからさほど古くはない。一時期は4軒の温泉旅館が軒を連ね、輝かしい日々もあったのだが、残念なことに、最後の1軒が2007年頃に閉館し、自分にとって人生最初の温泉は消滅していた。
ところが先日、嬉しいニュースが舞い込んだ。宇城市が新しい観光拠点として金桁温泉を13年ぶりに復活させるという。早速、役所に連絡したところ、なんと宇城市の守田憲史市長のご相伴に預かり、記念すべき一番湯に浸からせてもらえることになった。
三角町という地名にちなみ、三角屋根が連なる独特の建物。入り口付近には足湯が設えられ、誰でも自由に利用できる。そしていよいよ記憶の湯へ。残念ながら、古い源泉は飲用として使用され、入浴用は敷地内から引かれているので、炭酸の泡が身体中につくほどではなかったが、肌あたりも良く、万人が安心して毎日浸かりたくなる湯だ。しかも入浴料は300円というから、地元の人がうらやましい。新しい金桁温泉はこれから先、地元の人たちにやすらぎを与え、観光客と交流する喜びをつくり出すに違いない。その未来を想像すると、色褪せた記憶が鮮やかに彩色されるのであった。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
地域間交流施設
金桁温泉
- 〒869-3204 熊本県宇城市三角町中村381−2
- TEL : 0964-53-0303
- URL : https://www.city.uki.kumamoto.jp/toppage/ijuteiju/appealpoint/2025032
- 営業時間:10:00-19:00(最終受付 18:30)
閉 館 日:毎週火曜日・水曜日(祝日にあたる時は翌)
入 浴 料:大人(中学生以上) 300円
子ども(小学生) 150円
未就学児 無 料
JRあまくさみすみ線、波多浦駅から約2.5kmの位置にある金桁温泉の新施設。世界文化遺産に登録されている「三角西港」からも、クルマで約10分の距離。
地域の人たちの交流が生まれる場所になることを目的に、2020年7月にオープン。特徴的な外観の、連続した三角の屋根は、この三角町を連想させるとともに、“つながり”を表現したデザイン。泉質は冷鉱泉。刺激が少なく癖のない、親しみやすい湯だ。