湯道百選

02
熊本・平山温泉

やまと旅館

YAMATO RYOKAN

湯は、夢を熟成させる。

湯に浸かっているあいだ、私の心は未来を見つめていることが多い。未来への妄想は時に夢と呼ばれ、いい湯はそれを熟成させる。

熊本の黒川温泉は今や全国に名湯と知られるが、実は地元で黒川の次に注目を集めている穴場がある。その名を「平山温泉」といい、発見されたのは8世紀。加藤清正も立ち寄った美肌の湯である。

その隣町に暮らす豆腐屋の二代目・向(むこう)健一郎は、湯を愛する湯人でもあった。向の夢は平山に温泉を掘り当てること。十数年の時を経て、それは現実のものとなった。向は当初、湧き出す湯でドラム缶風呂を設え、友人たちをもてなしていた。さらに温泉水を使って豆腐を作り、ふわふわの木綿豆腐を完成させた。やがてそこは日帰り入浴施設へと発展し、気づけば温泉民宿と豆腐屋の二足の草鞋を履いていた。

そんな健一郎が他界したのは10年前。三代目となる息子の大和が宿を引き継ぎ、極上の離れを3棟建てて、「やまと旅館」という名で新たな夢に向かって歩き始めた。

素朴で飾らない宿だが、華美過ぎないインテリアと母と妻と娘の支えが、上質な温もりをつくり出している。肌をつるつるにするPHの高い湯は、すでに多くの温泉マニアを虜にしているようだ。そしてなにより、料理が健康的でいい。もちろんその主役は温泉水を使った豆腐。良質のアルカリ性純硫黄泉が内臓からも身体じゅうに行き渡る。

ドラム缶風呂からスタートした先代の夢を想像しながら、極上の露天風呂に浸かって森の音を聴く。そうすれば必然的に、ヌルヌルの湯によって己の夢もまた熟成されていくのである。

熊本市中心部からクルマで約1時間、美しい田園風景が広がる平山温泉には15軒の宿がある。硫黄が含まれた泉質は評判で、浸かると肌がつるつるになる。豆腐屋から始まった「やまと旅館」は毎日、豆腐をつくり、熊本名物の馬肉なども提供する。離れは全部で3棟。24時間かけ流しの露天風呂が完備され、熊本の自然に身も心も癒やされる。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Muton