湯道百選

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神奈川・葉山町

葉山加地邸

HAYAMA KACHITEI

湯は、遊び心を継承する。


文化とは、富を持つ者がセンスの良い散財をしたときに生まれる。 己の利ではなく、社会の利のために金を使う。そこに人々の感動や共感が生まれ、やがて文化として歴史に記憶されるのだ。葉山の街を見下ろす山腹にひっそりと佇む「加地邸」の湯に浸かりながら、そんなことを考えた。


旧帝国ホテルの意匠を彷彿とさせる加地邸は、フランク・ロイド・ライトの愛弟子、遠藤新の設計によって1928年に竣工した。以来、個人の住宅として使用。近年、老朽化によって継承が危ぶまれていたが、加地邸を愛する地元の人々の応援もあって、横浜の実業家・武井夫妻が所有権を引き継いだ。リノベーションの図面を引いたのは、隈研吾氏に師事し、デンマークで数々のプロジェクトを成功させた新進気鋭の建築家、神谷修平さん。保存と遊び心のバランスこそ最も重要だと考えた神谷さんにオーナーは全幅の信頼を寄せ、自由に設計させた。

左が建築家の神谷修平さん、右が現オーナーの武井雅子さん。

そもそも国の登録有形文化財のため、間取りやインテリアを大きく変えることはできない。そこで目をつけたのが、地下にあった倉庫だ。 神谷さんはここに日本らしい風呂を設えることで、新しい遊び心を加地邸に注入した。高い天井から降り注ぐ光と目の前に広がる緑が、風呂をリラグゼーションの装置に変える。そこに届く、鳥のさえずりと海からの風。ここに流れる重厚な時間が、不思議と軽やかに感じられる。いつまでも浸かっていたいと思った。

 新しい時代に甦った加地邸は、疲れた身体を癒し、感性を磨く宿泊施設として人々の注目を集めている。遠藤新の遊び心は、湯によって継承されているのである。

*photo Takumi Ota
*photo Takumi Ota


Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton

葉山加地邸

  • 〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色1706
  • URL : https://kachitei.link/
  • ・一棟貸し
    ・定員6名
    ・2泊:¥429,000〜 ※料金は季節によって変動。
    ・お風呂は、宿泊者のみ利用可。

海を見下ろす葉山の別荘地にある「加地邸」。三井物産の重役を務めた加地利夫の別荘として90年以上も前に建てられ、近年まで親族が使用してきた。幾何学的な家具など、ライトの流れを汲む遠藤新の特徴がよく表れている。リノベーションを経て、10月から民泊事業を開始。1棟貸しで定員は6名。2泊以上7泊まで宿泊することができる。