湯は、
幸せの本質に気づかせる。
普通の暮らしとはどんなものかあなたは考えたことがあるだろうか?
石川五右衛門が釜茹での刑に処せられた京都三条河原から車で北へ向かうことおよそ1時間。京都市右京区とは信じがたいのどかな里山で、100年前の普通の暮らしを体験できる宿がある。その名は「五右衛門」。まさに五右衛門風呂を設えた一棟貸しの農家民泊だ。
江戸時代に建てられた平屋造り。オーナーの田中さん夫婦のサポートを受けながら、宿泊者は前の畑で収穫した野菜をかまどの台所で調理し、囲炉裏を囲んで食事を楽しむ。
風呂の準備はまだ日のある夕刻に。マッチを擦って柴に火を灯すと、煙突の白い煙が夕焼けの空に立ち上る。薪の燃える香りが辺りに漂い、秋の虫の音が耳に届く。夏と冬では、湯が沸くまでの時間も、使う薪の量も随分違うらしい。
子どもの頃、一度だけ五右衛門風呂に入ったことがある。慎重に下水板を踏んで入らないと、ひっくり返って鉄の底に触れたらたちまち火傷してしまう。あの時は気持ち良さより怖さの方が先に立っていた。その経験もあって、あえてまだ温い時に入ってみた。足元から熱い湯が迫ってくる不思議な感覚。この下に火があり、まさに今、自分は焚かれているんだ、という気持ちになる。水を足しながら自分好みの湯加減にする。火と水を操るという心地良さ。鉄で沸かしているからだろうか、井戸水が実に軟らかい。
窓を全開にしたら虫の音と共に、秋の風が吹き込んできた。あぁ、これこそが豊かな暮らしというものだ!便利だから幸せとは限らない。この湯に浸かって心からそう感じた。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
五右衛門
- 〒601-0272 京都府京都市右京区京北下熊田町泓ケ2番地
- TEL : 075-855-1700
- URL : https://www.banja-kyoto.com/goemon
- 宿泊利用のみ。
料金:素泊まり¥22,000〜(2名利用時の1室料金、サービス料込)