湯道百選

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映画『湯道』内

まるきん温泉

MARUKIN ONSEN

湯は、志をひとつにする。


『湯道』という映画のすべての始まりは、長崎で一軒の銭湯に出あったことだった。その名は「丸金温泉」。すでに廃業しており、暖簾の掛かった姿を見ることはできなかったが、哀愁に満ちたその佇まいを目にした瞬間、この銭湯を舞台にして物語を書いてみたいと思った。風呂をテーマにした映画の企画が通り、プロジェクトが立ち上がったのは2018年の冬。映画制作の第一歩は、監督・プロデューサーとともに丸金温泉を見に行く長崎旅だった。それからシナハン(=シナリオハンティング) と称して、どれだけの銭湯や温泉を巡っただろう。結局、最初の構想は大きく変わり、京都の撮影所に架空の銭湯をつくることになった。「まるきん温泉」という名前だけを残して……


美術デザイナーのあべ木陽次さんが設計した銭湯は本当に素晴らしかった。富士山のペンキ絵を背負う関東風と、中央に浴槽を配する関西風の混合様式。タイルの模様から貼り紙などの細部にまでこだわり、沸かし湯を注げば普通に入浴もできる。銭湯ファンが思い描く理想の姿で、永遠に遺したいと思うほど完成度は高かった。


すべての撮影が終了し、この素晴らしい銭湯が取り壊される直前に、監督やプロデューサーたちと最後の湯に浸かった。およそ4年を巻き戻しながら湯を反芻すると、みな自然と笑顔になった。湯道には「以湯為和(湯をってす)」という言葉がある。同じ湯に浸かるだけで和が生まれる、という意味だ。それを重ねれば、和は志へと昇華し、やがて最良の結末へと辿り着く……と信じている。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Kei Sugimoto

まるきん温泉

映画『湯道』の主人公・三浦史朗と悟朗の実家として登場する「まるきん温泉」。監督がイメージしたのは、シナハンで訪れた長崎の「おたっしゃん湯」(湯道百選第11回)。 町の人に愛される古き良き浴場。セットの道具は、2021年に廃業した京都の「柳湯」(第4回)から借り、本物さながらの空間となった。