湯道百選

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北海道・函館

大正湯

TAISHO-YU

湯は、
過ぎ去りし時間を慈しむ。


温泉と銭湯……どちらも「湯を商品」にしているが、その魅力を語る着眼点はやや異なる。温泉の場合は必然的に湯の質に関心が向くが、銭湯の場合はそこを担う湯主の人柄がその湯の魅力に重なることが多い。
 大正浪漫を今に伝える和洋折衷様式の建物として「函館市景観形成指定建築物」に認定されている「大正湯」。函館の港から伸びる坂道の途中に佇むこの銭湯は、たった一人の女性によって守られている。
 小武典子さん、70才。
船大工だった祖父が創業したのは大正3年。昭和3年に建て替えられ、現在の姿となった。祖父が手掛けた番台には、船大工の仕事ゆえ釘は一本も使われていない。外観は、当初はくすんだ緑色だったが、戦争が終わった頃、街に少しでも明るさを取り戻したいという二代目(典子さんの父)の想いからピンクに塗り替えられたという。今ではこの可愛い外観を目当てに訪れる観光客も多い。

湯を沸かして番台に座り、営業が終われば清掃を行う。全てたった一人の仕事。かつてこの周辺にはたくさんの銭湯があったが、どこも廃業してしまい最後の一軒になってしまった。「お客さんたちの行き場が無くなるので、もうやめられないんです」と笑うが典子さんが一人でここを守り続けるもっと大切な理由がある。
「祖父と父が愛してきたこの建物を少しでも長い時間、残したいから」

しかし、「自分の代でこの銭湯は終わり!」と典子さんは言い切った。「こんなに大変な仕事を息子に押し付けたくはないんです」
 どうすればこの湯を守ることができるだろう?わたしは今、本気で考えている。



Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton

大正湯

函館駅から路面電車に乗り、終点の「函館どつく前駅」で下車。坂道を5分ほど登ると、ピンクの外観が見えてくる。入り口は雪国ならではの二重構造。暖簾の位置は屋外に出さず、開店中でも外扉の内にある。船大工をしていた初代は木造船のメンテナンスのため同乗し、ロシアへ行っていた。初代が見た当時のロシアの景色が、参考にされている。