湯は、
地獄を極楽に変える。
冬に温泉が恋しくなるのは日本人のDNAに刷り込まれた本能だと思う。なかでも雪見風呂は格別。小雪の舞う極寒の外気を地獄とするなら温泉は極楽そのもの。地獄を抜け極楽に浸かり闇夜に描かれる湯気の墨絵で目を慣らす。その先に浮かび上がる雪化粧された自然こそ美の極致と言えよう。
秋田の秘湯・乳頭温泉郷「鶴の湯」には日本屈指の雪見風呂がある。秋田藩主も訪れる湯治場として開湯したのは1638年。しかし雪見風呂が始まったのはわずか30年前というから驚く。そもそも雪で道が塞がることから、冬は休業していた。ところが30年前、15代目当主の佐藤和志さんが雪下ろしをした後に仲間と露天風呂に浸かってみたところ、想像以上の心地良さ。人を喜ばせることに情熱を注いだ彼は3kmぶんの除雪をしてでも冬に宿を開けようと決めた。いまでは雪見風呂のために世界中から温泉好きが訪れる。
湯は、混浴でも女性が抵抗感なく入浴できるほど白濁している。湯の中を這うように移動するが、底には砂利が敷かれていてその刺激もいい。ただしそのぶん清掃が大変なことは想像に難くない。
名湯を継いだ16代目の佐藤大志さんは温泉は自分にとって「血」のような存在だと言う。つまり生きていくために必要なもの。
「管理は命懸け。本当に血を失うくらい辛いときもあります」
目の前の美しい雪景色をつくるために壮絶な苦労があると知れば、おのずと感謝の心が芽生える。それがこの湯を一層心地良くさせてくれるのである。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Kei Sugimoto
鶴の湯温泉
- 〒014-1204 秋田県仙北市 田沢湖先達沢国有林50
- TEL : 0187-46-2139
- URL : http://www.tsurunoyu.com/
- 料金:一般 ¥700(立ち寄り湯)
宿泊 ¥10,600〜(1 泊)