湯のあるところに
人は集まる。
「湯治というのは『場』なんです」
古くから湯治場として栄えてきた東鳴子温泉。創業120年を超える「旅館大沼」の五代目主人 大沼伸治さんは、湯治文化についてそのように語る。
せっかくの滞在が忙しくならないようにと、旅館大沼では最低でも2泊3日の湯治を提唱。湯に癒されることで本来の心身に戻っていける体験こそが、旅館が掲げる現代湯治である。
湯治を主体に旅館を切り盛りする大沼さんだが、かつてそれを足かせのように感じていた時期があった。大学を卒業し、伊香保温泉での修業を経て旅館に戻ったのはちょうどバブル期の頃。娯楽を求める団体客が温泉地に押し寄せるなかで、湯治は時代から取り残された文化に思えたのだ。
「ここに至るまでにすごく葛藤がありました。豪華な料理を出さないといけない、世の中の観光に追いつかないといけないと思っていたんです。でもここのアイデンティティを考えると、やはり湯治しかない。もう一回お湯に戻ろう、と」
旅館とは本来、ゆっくり湯に浸かるための場所。だが年々、観光やサービス、食事など付加価値の方が重視されていくようになり、温泉そのものの意味が薄れていくように感じていた。癒しを求める旅で観光に疲れるのでは意味がない。いいお湯があればそれだけでお客さんは喜んでくれるのではないか─そう考え、大沼さんの代から湯治が主体の宿へと切り替えた。「また時代が戻った感じですね」と大沼さん。湯と自然の力を信じて、身も心もすべて任せてみる。そんな「無為自然湯」の境地を味わってもらう場として、庭園貸切露天風呂「母里の湯」も生まれた。複雑なことは考えずに、ただ湯にゆっくり浸かってほしいと大沼さんは言う。
「温泉があるところに人が集まってきて、そこにどんな場を作っていけるのか。いろんな人が来るので、外の人と地元の人がここで交差するような場所にしたい。温泉は砂漠のオアシスのようなものですね」
Text by Chako Kato
Photographs by Takaaki Matsuda
百年ゆ宿 旅館大沼
- 〒989-6811 宮城県大崎市鳴子温泉字赤湯34
- TEL : 0229-83-3052
- URL : https://www.ohnuma.co.jp/
- 料金:15,180~(1泊2食付き)
定休日:水曜日