湯は、人を幸せにする。
日本を代表する温泉地・熱海。どこを「湯道百選」に加えるかは、非常に難しい判断であった。海を望む絶景風呂にも惹かれるが、今回は自分がずっと憧れてきた個人経営の公衆浴場を選んだ。
その名を「山田湯」という。熱海駅から歩いておよそ30分、住宅街の中にひっそりと佇む民家の中の浴場である。開業は1955(昭和30)年頃。当初は裏庭で掘り当てた自家源泉を使用していたが、塩分濃度が高く管理が大変なため、熱海市の共同源泉からの引き湯に切り換えた。
女将は、創業者の義理の娘にあたる山田松子さん。23歳で山田家に嫁いできたが、6年目にご主人が他界。その4年後には創業者も亡くなったため、およそ50年以上に渡りたったひとりで山田湯を守り続けてきた。86歳になる今も毎朝6時半に起床。清掃して湯を張り、準備を整えてから8時に開店し中休みを挟みながら、夜9時まで営業。
入浴料は一般の銭湯よりも安い300円。この価格を維持していることに、常連客たちはみな心配しているらしいが、本人は「欲しいものも無いし、自分が食べる分だけあればいいのでこれでじゅうぶん」と笑う。山田さんのいちばん幸せな時間は、営業後に清掃がてら入浴する時。今日もいい湯だったと感謝しながら「ひとりでこんなにいいお風呂に入ることができて幸せだなぁ」とつい独り言を言ってしまうのだとか。風呂とともに齢を重ねるこんな生き方に私は憧れるのだ。まさに施浴の人生。自分の理想を熱海で見つけたのであった。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Kei Sugimoto
山田湯
- 〒413-0024 静岡県熱海市和田町3-9
- TEL : 0557-81-9635
- 営業時間:8時~11時、15時30分~21時
定休日:不定休
料金 :一般¥300円