型破りだが、優しい宿。
型破り、という言葉がこの宿には似合う。まずこの時代にあって、ホームページを持っていない。宿泊客から電話で直接予約を受けたほうが、細かな要望にきちんと対応できるから。ホームページを作ってしまうと、いいところばかりを書いてしまい、悪いところを隠してしまう、と二代目社長の金井辰巳さんはさらりと言う。その予約を取るのが至難の技だ。毎月1日に、11ケ月後の予約が解禁になる。全18室の宿はたちまち常連客で埋まり、日本でも有数の予約の取れない宿となる。
それほどの人気を誇りながら、定休日は年間30日以上。いちばんの稼ぎ時であるクリスマスと年末年始さえも休館となる。家業が忙しく幼少期に寂しい思いをした社長自身の経験から、社員が家族と過ごす日を大切にしているのだ。さらに子育て中の社員の声を受けて、新学期の準備に忙しくなる3月にも春休みを設けている。そしてその間、金井さんをはじめ主に男性社員たちは、宿の敷地内の裏山へ整備に繰り出すのだという。「ストレス発散にもなるんですよ」と金井さんは明るい声で教えてくれた。
「裏山を散策したり、キャンプをするように火を焚いたり、旅館の外で遊ぶ要素を取り入れたいんです。おじいちゃんおばあちゃんが楽をできて、子どもも楽しめるのが理想ですね。楽と楽しい、この両立ができるように整備を進めています」
金井さんが岩の湯を継いだのは1978年、25歳の時だ。時代の流れとお客さんが心から求めているものを見極めながら、名物・洞窟温泉の入浴方法から宿での時間の過ごし方まで、様々な変革を行ってきた。三世代で訪れても全員が楽しく英気を養える“楽養”が、今の岩の湯が掲げているテーマだ。
目まぐるしく変わってゆく世の中でこそ、ゆとりを持って自分を見つめ直せる場所……つまり本来の自分に戻れるよう“復元”できる場所が、社会には必要だと金井さんは考えている。
「温泉旅館は、その役割を担えるのではないかと思うんです」
型破りだが、優しい。きっと皆、そんな優しさに惹かれて岩の湯を繰り返し訪ねるのだろう。
Text by Chako Kato
Photographs by Alex Mouton
仙仁温泉 岩の湯
- 〒382-0034 長野県須坂市仁礼3159
- TEL : 026-245-2453
- 料金:¥30,900~(1泊2食付き)
※外来入浴不可
JR長野駅からクルマで約30分。山の中に佇む一軒宿。三世代で楽しんでもらえる宿を目指し、焚き火や散歩など、裏山も活用するアクティビティを提案する。大洞窟風呂「仙人の湯(混浴)」の他、貸切露天風呂3つ、家族風呂もある。
毎月1日に11カ月後の予約が可能となる。