時間旅行の湯

雪を踏む音が好きだ。クルマを停めてから宿の玄関まで足を滑らせないよう慎重に歩き、凍えながら波打つガラスの入った木の引き戸を開けると、石油ストーブの懐かしい匂いがした。ここは上州の深山に佇む一軒家の秘湯「法師温泉 長寿館」。玄関脇の囲炉裏部屋から薪の爆ぜる音が聞こえる。時間が止まる、という表現はこの宿のためにあるのかもしれない。

目指すは、国の登録有形文化財にも指定されている、鹿鳴館時代の面影を残す大浴場「法師乃湯」。敷き詰められた玉石の隙間から無色透明の石膏泉が自然湧出している、贅沢な源泉掛け流しの純温泉である。かつては44℃まで上がったり、震災の時には36℃まで下がったりと、地球のご機嫌次第でその温度は変わるのだが、最近は40℃を保っているという。枡ごとに微妙に温度が違うため、自分好みの浴槽を探して身を沈める。熱くもなく、ぬるくもなく、まさに絶妙の湯加減である。目を瞑ってその心地良さに浸った後、ゆっくり目を開くと、バロック様式の窓から差し込む光が、優しく立ちのぼる湯気を照らしている。湯という切符で、いつまでも時間旅行をしていたくなる。

聞けば3人がかりで手入れをしているらしい。週に一度、すべての湯を抜き、玉石一つひとつを裏返して汚れをとる。絶妙の温度と清潔な湯・・・自然と人に感謝する心で、身体はさらに温まるのだ。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
法師温泉 長寿館
- 〒379-1401 群馬県利根郡みなかみ町永井650
- TEL : 0278-66-0005
- URL : http://www.hoshi-onsen.com/index.html
- 料金:一般 1,500円(日帰り入浴)
宿泊 19,800円~(1名あたり1泊2食付)(消費税込み・入湯税別)
時間:11:00~13:30(日帰り入浴)