湯道百選

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鹿児島・熊毛郡屋久島町

平内海中温泉

HIRAUCHI KAICHU ONSEN

地球とひとつになる海の湯


人生でこれほど記憶に残る入浴体験があっただろうか。夜の海を照らす月明かりが光の道となり、湯に浸かる我が心を沖にいざなう。波が打ち寄せるたび冷んやりとした海水が届き、岩の隙間から湧く湯と混じって絶妙のぬる湯となる。遠い記憶がくすぐられるような、なんともいえない心地よい時間。そう、例えるなら、地球という母の子宮に包まれている感覚だった。

屋久島空港からクルマで約40分。区長を中心に集落全体で管理。海沿いのため台風や大雨時は町内放送で備品を撤収する。意外に知られていないが、屋久島は温泉が豊富で、宿泊施設はもちろん共同浴場が点在している。

手つかずの大自然が残る秘境の楽園・屋久島には、源泉掛け流しの良質な温泉が点在している。中でも特筆すべきは、島の南端に位置する平内集落の宝と呼ばれている「平内海中温泉」である。今から400年以上前、海に面した岩場の隙間から湧き出すお湯を発見した村人たちが、石ノミで岩を削り、石を積んで湯船をつくったのが始まり。以来、地元の大切な湯治場として愛されてきた。

入口には小さな脱衣所がある。水着は禁止だが湯浴み着はOK。泉質はアルカリ単純温泉。

3つの湯船があるが、そのかたちを認識できるのは、1日2回訪れる干潮の前後2時間のみ。それ以外は海に沈む、まさに「海中温泉」なのだ。

今回は干潮時の朝と、潮が満ちてくる夜という二度の幸福を得た。観光シーズンの昼間には、地元の人、観光客、時には外国人など30人が一緒に和気藹々と入浴する。一方、夜になるとやはり人は減る。生まれたままの姿で大自然に包まれ、自己と向き合う。時には人とつながり、時には自己を見つめ直す・・・。ここは湯道の宝でもあった。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Kei Sugimoto

平内海中温泉