湯は、人を無欲にする。
日本の入浴行為をひとつの文化と捉える「湯道」を開いてから2年・・・少しずつ仲間も増えてきた。そのひとり、本連載の写真担当の村上洋平くんには「自湯宇」という湯名を授けた。その名の通り、自由気ままに生きている彼は自宅を持たず、キャンピングカーに寝泊まりして仕事をしながら全国を放浪している。その道すがらに見つけた、とっておきの湯を彼は定期的に報告してくれるのである。
そんな彼からの情報で、北海道のニセコの田園風景の中に突如出現する「黄金温泉」を知った。湯主はこの地で農家を営んでいた80才の林勝郎さん。20年前、田畑を息子に譲り、農業機械の売却金を元手にして温泉を掘った。儲けるための温泉ではない。人生の余暇を楽しむための場所だ。内風呂と露天風呂はたったひとりで作った。胎児の記憶が心地良さにつながるという持論から、露天にはあえて小さな浴槽を点在させている。田んぼの温泉は、隙間だらけだが不思議と居心地がいい。
ニセコアンヌプリの頂を眺めながら、温めの炭酸水に身を沈めると何とも言えない幸福感に包まれる。受付を兼ねた隣の小屋では、一日20枚限定で自己流の十割蕎麦を提供している。蕎麦をたぐる風呂上がりの客たちと他愛も無い話をしている時間が、人生いちばんの幸せだと林さんは笑う。
入浴料はわずか500円。気持ちのいい風呂があるから、欲しいものはなにも無い。「だからこれ以上お金もいらないんだわ」と言う。湯は、人を無欲にするのである。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton, and Yohei Murakami
黄金温泉
- 〒048-1323 北海道磯谷郡蘭越町黄金258-1
- TEL : 0136-58-2654
- URL : https://r.goope.jp/koganeonsen/
- 料金:400円(日帰り入浴のみ)
営業時間:10:00~21:00(無休)
※冬季閉鎖 11月1日~4月30日