湯は、地獄に
咲く花のようである。
非日常という言葉が、ラグジュアリーの形容詞として使われるようになったのはいつからだろう?あらゆる贅沢が溢れる昨今、人々は日常ではありえない体験に価値を見出すようになった。そういう意味で自分にとっての人生初のラグジュアリーは、今から30年ほど前、北海道の友人たちが凍った然別湖の上に作った氷上露天風呂だったかもしれない。それはいまも継承され、冬の然別湖の名物アクティビティとして愛され続けている。
「星野リゾート トマム」の中に真冬に出現する「氷のホテル」こそ、究極のラグジュアリーと呼ぶにふさわしい。氷のホテルは世界に数あれど、これほど美しい氷の露天風呂を備えている部屋は例を見ない。白樺の森に囲まれた直径7メートルの氷の露天風呂。中央に浴槽が設置され、周囲を氷のブロックで囲うという設えだ。透明な氷づくりから始まり、ブロックを慎重に積み上げ、接着していく。その制作期間は約一ヶ月。3月に入ると氷が溶け始めるため、この湯は実に短命である。
この日の外気温はマイナス15℃。かたわらにある暖房の効いた小屋で服を脱ぎ、バスローブを羽織って雪の上を走る。待っているのは、極寒の地獄で美しい輝きを放つ極楽の花びら。湯の沢温泉から汲み上げ、絶妙の温度に仕立てられた湯が、凍えた身体を優しく抱きしめる。はぁ、という深いため息。言葉は見つからない。夕暮れの光を浴びた白樺の木が徐々に茜色に染まっていく。このまま満点の星空を待つのも悪くないと思った。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
星野リゾート トマム
- 〒079-2204 北海道勇払郡占冠村字中トマム
- TEL : 0167-58-1111
- URL : https://www.snowtomamu.jp/winter/
- 料金:¥25,300 (氷のホテル/最大2名、1泊1名料金)〜
※「氷の露天風呂」は冬季のみ。2021年の営業は終了。
次回は22年1月中旬オープン予定。
新千歳空港からクルマで約1時間40分、道央を代表するリゾート。期間限定でオープンする「氷のホテル」は1日1組限定の特別なもの。「氷の露天風呂」に併設された「氷の湯上り処」には、氷でできたリラックスチェアやセラーも設えてある。ここで紅茶やホットミルク、ウイスキーなど芯から温まる飲み物も楽しめ、快適な滞在ができる。