湯道百選

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宮城・仙台市

慈眼寺の湯

JIGENJI NO YU

湯は、
己を見つめる鏡となる。


毎日往復48kmに及ぶ山道を、延べ1000日間歩き続ける「千日回峰行」という修行がある。これに挑む修行僧は、みな脇腹に短刀を携えている。失敗した際に自ら命を絶つためだ。さらに次は、「四無行」が待っている。「飲まない」「食べない」「寝ない」「横にならない」という、”四つの無”を9日間に渡って行う。もはや常識では考えられないこうした荒行を乗り越えた僧侶に与えられる最高位の称号、それが大阿闍梨だいあじゃりである。吉野・金峯山寺1300年の歴史の中で、大阿闍梨を名乗ることを許された僧侶はふたりだけ。そのひとりであり、現存する唯一の大阿闍梨が仙台「慈眼寺」の住職・塩沼亮潤りょうじゅんさんである。今回ふとしたご縁から、大阿闍梨が所有する風呂に浸からせて頂けるという幸運を得た。

慈眼寺の住職・大阿闍梨 塩沼亮潤さん。護摩堂にて。

東日本大震災の直後に購入したという、薪を焚いて湯を沸かす組み立て式の露天風呂。寺の庭を借景にして、心地よい風に吹かれながら極上の湯に浸かる。大阿闍梨にとってそれは、身を清め、邪気を払う行為に等しい。「そもそも我々の身体は、神様からお預かりしているもの。 だから常に清潔にしておかねばならない」と、大阿闍梨は仰った。この世に自分のものなどひとつもない。すべては土に還るのだ。大阿闍梨の言葉に耳を傾けた後に、湯に浸かると様々なことを考える。


他人に見られていないときの行動こそ、その人の本質が問われるという。つまり、湯に浸かっている間の孤独な時間は、己を磨く修行のようなもの。慈眼寺の庭で、秋の虫の音を聴きながら浸かる湯は、まさに
己を見つめるための鏡であった。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton

慈眼寺の湯

  • 〒982-0244 宮城県仙台市太白区秋保町馬場字滝原89-2
  • TEL : 022-399-5333
  • URL : http://www.jigenji.net/
  • ※一般入浴不可

慈眼寺は、JR仙台駅からクルマで約40分の場所にある。2003年に塩沼亮潤氏によって開山された。願い事が浄書された護摩木を護摩の火でお焚き上げして祈願する「護摩祈祷」を、毎月第1第・第3日曜日に行う。「護摩を焚くこともまた、お風呂にはいるようなものだ」と、塩沼氏は言う。
著書に『人生生涯小僧のこころ』(致知出版社)など多数。