湯は、汚名を洗い流す。
大河ドラマの影響を受け、京都でも明智光秀に光が当たっている。風呂好きが注目すべきは、日本最大の禅寺「妙心寺」の境内に存在する浴室「明智風呂」である。明智光秀の叔父にあたる密宗和尚が光秀の菩提を弔うため、その死から5年後の1587年に建立した。墓ではなくあえて浴室にしたのは「主君織田信長を討った逆賊という汚名を洗い流したかったから」という説もある。そんな重要文化財の浴室がこの冬特別限定公開されていた。
1656年に再建された浴室に足を踏み入れると、当時と同じ時間が流れている。正面に祀られた跋陀婆羅菩薩を拝み、その奥にある待合で僧侶たちは入浴する際の浴衣(よくえ)に着替えていた。ちなみにこれが転じて、浴衣(ゆかた)と呼ばれるようになったという。浴室の中に、茶室のように独立して浴場がある。それは釜の水を炊いて蒸気を起こす蒸し風呂、言わば現代のサウナだ。僧侶たちはここで坐禅を組み身体を温めた。汗を流した後、板張りの洗い場で身体を洗うのだが、一度の入浴で一人に許される湯は、わずか桶三杯分。まさに入浴も修行の一つであった。ここが昭和の初めまで使用されていたというから驚く。
もちろん現在は蒸し風呂を使用することはできないので、浴場の前に正座をして時間を巻き戻してみた。薄暗い蒸し風呂の中で熱波を感じながら己と向き合っていると、汗と共に心の灰汁を出し切れるような気がしてきた。己の罪を償い、他人の罪を許す・・・そう、この空間には人をあらためる力がある。もし明智光秀がこの風呂に入っていたなら、歴史は変わっていたかもしれない。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
大本山妙心寺・浴室
- 〒616-8035 都府京都市右京区花園妙心寺町1
- TEL : 075-461-5226
- URL : https://www.myoshinji.or.jp/worship/keidai/317
- 重要文化財のため現在は非公開だが、期間限定で特別公開されることもある。
46の塔頭をもつ日本最大の禅宗寺院、臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺。「浴室」は建立当時から昭和の初めまで一般庶民の入浴は許されておらず、僧侶の修行場としてのみ開浴されていた。