湯道百選

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北海道・ニセコ

グリッグ 翔矢の湯

SHOUYA GRIGG NO YU

湯は、人生を豊かにする。

北海道のニセコに「坐忘林」という高級温泉旅館がある。旅館という響きに違和感を覚えてしまうほど洗練された名建築の宿は、開業わずか3年で日本を代表する癒しの聖地となった。坐忘林の風呂はもちろん素晴らしいが、これほどのセンスでこの宿をつくってしまった人の自宅風呂を見てみたい。創業者のひとりでありクリエイティブ・ディレクターのグリッグ翔矢さんに依頼したところ、快く自宅に招いてくださった。

グリッグさんの自宅風呂は、家の中心に位置し、いつも家族の気配を感じられる。家族の笑い声に囲まれながら極上の湯につかれば、身体も心も温まり、安らかな気持ちになる。総檜張りの湯舟には座忘林と同じ泉質の湯がひかれ、毎日かけ流しの湯を堪能できる。グリッグさんにとって風呂は、家族の絆を深める重要な空間である。

初対面ながら、湯への想いを語り合い意気投合したふたり。

 

イギリスで生まれ、青春時代をオーストラリアで過ごしたグリッグさんは、25歳で来日。自転車で北海道を巡っているとき、日本の湯と出合った。今や流暢に操る日本語は、北海道の温泉や銭湯で聞き耳を立てて学んだため、ついつい漁師風の言葉遣いになってしまうと笑う。

坐忘林と同じ広大な森の中にある自宅の基本設計は自身で行った。驚くことに、浴室はその中央に雪見障子のようにガラス張りで配置されている。一階のリビングと二階の個室をつなぐ階段のすぐ脇。室内を行き来する家族の気配を感じながら、湯に浸かることができる。その目前に広がるのは、ニセコの森。ここは隔てられた個の空間ではなく、家族の心を引き寄せる家のヘソにも見える。

そしてこの石の湯船に注がれる湯は、源泉かけ流しの温泉だ。しかし今よりもさらに湧き立ての湯を求めて、自宅のすぐ横に温泉を掘っているという。泉質へのこだわりが凄まじい。

 

風呂は日本人にとって当たり前のものだが、外国人の目にはそうは映らない。初めて入った温泉で身体を一生懸命洗う日本人の姿は、グリッグさんにはやや滑稽に感じられた。なんてきれい好きの国民だろう、
と。しかし温泉に浸かっているうちにこれがこの国特有の文化であることを確信し、その心地よさに魅せられたのである。毎日、自宅で源泉かけ流しの温泉に浸かる……この幸せな行為を当たり前のものだと思った時に価値は消えてしまう。常に新鮮な視点を忘れず、よいものをよいと感じられる暮らしを重ねることが豊かな人生につながる、とグリッグさんは語ってくれた。

 

“As a man think as”=考え方がすべて。

そこにあるもの自体も大切だが、それ以上に自分がそれをどう感じて、どう考えるか……日本人にとって当たり前の入浴という行為の価値を改めて考える。そう、湯道はすべての幸せのきっかけを導く装置なのかもしれない。

坐忘林に続いてグリッグさんが手がけたのが「SOMOZA」。廃材を活用し、ギャラリーとファインダイニングを兼ね備えたスペース。

取材日当日、グリッグさんの自宅敷地内で温泉が湧いた。赤い櫓が温泉を掘っている場所だ。夕暮れの羊蹄山が美しい。

 

Text by Kundo Koyama

Photographs by Yohei Murakami