湯は、町の傷を癒やす。
熊本市に神の水と書いて「神水(くわみず)」と読む町がある。「くわ」とは、細やかに美しいことを意味する古語。この一帯には古くから湧水が多く、自然に宿るの神の恵みを授かる水の聖地と呼ばれていた。そんな土地に「神水公衆浴場」が開業したのは2020年夏の終わり。全国の銭湯が次々と廃業してゆくこの時代に、純粋な銭湯がゼロから誕生したことは奇跡に等しい。しかもその決断をしたのは、銭湯に関してはまったくの素人。構造家の黒岩裕樹さんである。構造設計一級建築士の資格まで持つ黒岩さんが、なぜ今さら銭湯を開いたのか?
そのきっかけは2016年の熊本地震だった。暮らしていたマンションが半壊し、強制解体に。同様に周辺の住宅も取り壊されて徐々に住民が減り、地元・神水が賑わいを失っていく気がした。何とか人が集まる「場」をつくりたい・・・悩んだ末に辿り着いたのが、自宅の1階を銭湯にする、というアイデアである。地震直後、公衆浴場の必要性を強く感じた。もし今後も災害が頻発するとしたなら、自宅を銭湯にすることで町としての備えにもなる。2階は家族の居住空間となっていて、ここに浴室はない。つまり我が家の風呂を大きくして町のために開放する、という発想から生まれた銭湯なのだ。
贅沢に檜を各所に使用。構造設計一級建築士の主人による銭湯は、木造建築にも関わらず、震度7の地震にも耐えられる建物となっている。
熊本地震から5年。湯がさまざまな傷を癒すように、この銭湯は傷ついた町を確実に元気にしている。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
神水公衆浴場
- 〒862-0954 熊本県熊本市中央区神水2-2-18
- TEL : 050-1258-1556
- 営業時間:16時〜20時
定休日:火、木、金
料金:一般 350円、子供(中学生未満)100円
JR熊本駅からクルマで約15分、熊本市電「神水交差点駅」徒歩3分、国道57号沿いにある小さな銭湯。美しい木造建築にガラス張りの外観は、まるでカフェのよう。浴場の壁には、銭湯のペンキ絵に代わって熊本の景勝地・江津湖や阿蘇の風景が描かれている。運営は黒岩家の家族によって行われており、家族の笑い声と木の温もりが絶えない、穏やかな市民の憩いの場である。