四国の温泉文化を発信する
谷底の秘湯。
徳島県三好市、祖谷渓沿いにある一軒家の宿「和の宿ホテル祖谷温泉」。四国で唯一の「日本秘湯を守る会」の会員宿でもある。露天風呂に入浴するために、170mをケーブルカーで谷底まで下りる……「秘湯」の名にふさわしい、四国で屈指の温泉の名所だ。
祖谷温泉の歴史が始まったのは、およそ100年前。1924年、発電所を作るための水路トンネルの掘削中に、偶然、温泉が湧き出たのがきっかけ。一帯の再開発の計画は中止となったものの、温泉を作りたいと手を挙げる人ははなかなか現れなかった。その後、香川県議会員を務めていた植田清一氏が温泉の権利を購入し、ホテルの建設を決意。1972年に完成し、祖谷温泉の本格的な歩みが始まった。ホテル祖谷温泉の現在の代表は植田佳宏さん。航空会社に勤めたのち地元に戻り、2000年に3代目を継いだ。ホテルの本格的な改装を行なうなど、泊まりたくなる宿を目指して、様々な刷新に取り組んできた。
祖谷温泉の主な観光客は関西や関東、そして海外から訪れる人々。温泉の感想で最も多いのは、「人工物が見えないのがいい」。湯の心地よさそのものはもちろん、目前に広がる自然味溢れる景色から、癒しとエネルギーをもらえたと感じる人が多いようだ。「自然の恵みと共生する」というのが、植田さんが大切にしている理念の1つだ。湯量が豊かな源泉かけ流しの温泉、雄大な景観……たくさんの恵みがある一方で、その分、自然の獰猛さを感じる場面も多い。自然の恵みと脅威、その両方が身近にあるからこそ、どちらも受け入れて付き合っていきたい、という思いがあるそうだ。
四国で自噴する源泉掛け流しの温泉があるのは祖谷温泉だけ。火山のない地域ということもあり、どうしても温泉文化の根付きと印象が薄くなってしまう。そんな現状を打破するため、現在の祖谷地域では「大歩危祖谷温泉郷」の名前で、5つの温泉が協力しながら四国の温泉力を高めるための取り組みを行なっている。海外から取材を受ける機会も増えたそうだ。これからは今以上に世界中の人から、「祖谷温泉に行きたい」と、名指しで来てもらえるような場所にすることが植田さんの夢だ。自然味あふれる、なかなか辿り着けない秘境にあるからこそ、人々を惹きつけてやまない温泉。四国の温泉文化を盛り上げるための拠点として、そして海外へ日本の温泉の魅力を発信する場として、今後も注目だ。
Text by Chako Kato
Photographs by Kei Sugimoto
和の宿 ホテル祖谷温泉
〜絹泡夢想の湯〜
- 〒778-0165 徳島県三好市池田町松尾松本367-28
- TEL : 0883-75-2311
- URL : https://www.iyaonsen.co.jp/
- 一般¥1,700(日帰り)、¥21,050~(1泊2食付き2名1室利用時1名料金、入湯税・サービス料込)
JR大歩危駅からクルマで約30分。日本三大秘境のひとつ祖谷渓に佇む一軒宿。露天風呂付客室やベッドの部屋まで全20室。ケーブルカーに乗って向かう2つの露天風呂に加え、貸切露天風呂や、21年にリニューアルされた大浴場「雲遊天空の湯」から一望できる祖谷渓も壮大な景色で心地よい。