湯道百選

68.5
山口・長門市

長門湯本温泉 恩湯

NAGATOYUMOTOONSEN ONTO

山口県最古の湯を
守る人たち。


「恩湯」の歴史は600年以上前に始まった。長く地元の人々から愛されていたものの、利用客の減少などの背景から、2017年に公設公営での営業が終了。長門湯本全体のまちづくりも踏まえ、2020年3月にリニューアルオープンを果たした。地元の老舗旅館の代表を務める大谷和弘さんは、そのまちづくりの中心人物でもある。
「このあたりの宿は昔、温泉をそれぞれ所有していなかったので、お客さんも地元の人もみんな恩湯に入りに来ていたそうです。浴衣を着たお客さんたちが、恩湯を目指して歩いてくる……という風景があったんです。だからここは、今でも温泉街を歩き回れる構造が残っているんです」と、大谷さん。幼い頃から、長門湯本の町の変化を見続けてきた。

音信川沿いにある、カフェギャラリー「cafe&pottery音」のテラス席。

大谷さんは「恩湯」のほか、萩焼作家の作品を購入もできるカフェギャラリー「cafe&pottery音」にも携わるなど、地元の文化財が観光客と地域の人々の両方へ還元できるまちづくりを目指していると言う。その中心に立つのが、リニューアルした「恩湯」だ。

 透き通ったお湯からは微かに硫黄の香りがする。浴槽の底には足元湧出泉がある作りで、これは日本でも有数だと大谷さんは言う。
「足元湧出泉の温泉が難しいのは、お湯が適温じゃないと浴槽を作れないからなんです。ここは37度から39度のお湯だからできるんです。湧いてすぐの温泉、生まれたての温泉を楽しめます」


湯量に合わせて、浴槽はやや小さめに設えている。洗い場はグレーを基調した洒脱な雰囲気で、岩盤を見ながら入浴する浴槽とは、雰囲気が異なる。洗い場と浴槽のスペースは離れているのは、「汚れを洗い落とす場」と「清めの場」との境界づけをするという意匠によるものだそうだ。
「岩が出ているプリミティブな温泉なので、内装は近代的にした方が面白いんじゃないかと思いました。実は、前の恩湯は脱衣所が古くて、特に若い女性は躊躇してしまうのが課題のひとつでした。前はなかった休憩所も用意しています」


湯に浸かりながら住吉大明神像が鎮座する岩盤を眺めていると、身体と心がほぐれると共に神聖な気持ちにもなる。昔から恩湯に慣れ親しみ、今も見守り続けている大谷さんにいちばん恩湯に気持ちよく浸かれる季節を聞いた。
「特に5月が気持ちよくて好きですね。将来は、恩湯裏側にある岩面に蔦を生やし、裏扉をオープンにして、露天風呂風にしたいと考えているんです。緑があって、晴れた日の朝に差し込んだ光が岩盤から沸き立つ湯気を照らしている景色をみてみたいですね」

 生まれ変わってからまだ数年の恩湯。大谷さんをはじめ、地元の人、そして訪れる観光客の手によって、その新たな歴史は紡がれてゆく。

左:長門湯本まちづくりの中心人物、老舗旅館の代表を務める大谷和弘さん。


Text by Chako Kato
Photographs by Kei Sugimoto

長門湯本温泉 恩湯

  • 〒759-4103 山口県長門市深川湯本2265番地
  • TEL : 0837-25-4100
  • URL : https://onto.jp/
  • 営業時間:10時~22時
    定休日:第3火曜(祝日の場合は翌日)
    料金:大人:¥800 子ども(4〜12才)¥400

JR新山口駅からクルマで約1時間。山口県最古の温泉である長門湯本温泉。恩湯の施設デザインは、建築家の岡 昇平さんによる。街の中心を流れる音信川沿いには、春には桜が咲き誇り、夏には蛍が舞い、四季折々の表情が楽しめる。