お湯への感謝のカタチ。
1300年あまりの歴史が続く「温泉寺」は、現在の城崎温泉を開いた道智上人によって開創された。かつて、城崎温泉を訪れた際は、まずは温泉寺に向かい「古式入湯作法」を習う風習があった。道智上人の霊前に参拝の後、入湯方法を教わり、お参りに来た証である湯杓を持ってはじめて城崎温泉の湯に浸かることができた。いま、その習わしは絶対のものではないが脈々と受け継がれ続けている。小川祐章住職に、温泉寺の歴史について話を聞いた。
「古式入湯作法は江戸時代中期には確立されていました。原点は鎌倉時代にまで遡ることができます。当時この地を納めていた佐々木是清という代官が、温泉寺の伽藍造営にあたり「入湯の際は必ず参拝をして、賽銭を払いなさい」と決まりをつくったという記録があります。しかし明治元年、政府から神仏判然令が出され、信仰に基づいた行為が禁じられるようになりました。温泉寺ではそれからも数年、作法を守ろうと耐えたのですが、結局、明治6年には参拝をせずとも入浴が許されるようになりました。もともと、道智上人の祈りによって開かれたのが城崎温泉。きちんとお参りをして、作法を習って尊いお湯に入りましょう、という教えだったのです」
何百年も続いていた風習だけに、当時は参拝の証である湯杓なしでは、入浴の仕方がわからない人もいるほどだったという。
「かつて湯治のために来る人も多かったので、みんな特別な想いを持ちながらお湯と真摯に向き合っていました。湯杓を使用していたのも、尊いお湯を手で直に触らずに、お坊さんに汲んでいただくという意味も込められていました。古式入湯作法は『いただきます』のあいさつのように、お湯のありがたさをあらためて形にして、その尊さと向き合うためのものだったのでしょう」
歴史が長い分、温泉への考えも格別深いものがある。そして小川住職は、城崎温泉、温泉寺への想いを語ってくれた。
「科学が進んだいまの社会では通用しないかもしれませんが、城崎のお湯が湧き出るのはやはり観音様のご利益であると信じて、私たちは1300年のあいだ、祈り続けてきました。毎日、温泉に携わっているとお湯への感謝を忘れがちですが、なんとか麻痺せずにいたいと思っています。城崎温泉は観光地としても発展していますが、それでも昔からのお湯への想いやしきたりを、できる限りは守っていきたいです」
Text by Chako Kato
Photographs by Alex Mouton
温泉寺
- 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島985-2
- TEL : 0796-32-2669
- URL : http://www.kinosaki-onsenji.jp/
- 温泉寺へは参道を徒歩で登ると約20分、または城崎ロープウェイの「温泉寺中間」駅、下車後すぐ。