湯道百選

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熊本・人吉市麓町

人吉温泉 元湯

HITOYOSHI ONSEN MOTOYU

特別な平凡の湯


2025年の初湯は、熊本・人吉温泉の「元湯」だった。元日に浸かるにはピッタリの名称である。

JR人吉駅からクルマで約5分。人吉城跡にほど近く、散策の締めくくりの入湯にもおすすめ。昭和9年(1934年)創業のレトロ感あふれる公衆浴場で、モットーは“清潔第一”。

まず、堂々とした面構えがいい。創業は昭和9年。温泉街にあるのではなく、城跡そばの住宅街の中にポツンとある。地元の暮らしに寄り添うかたちで営みを続けてきたことは明らかだ。懐かしい匂いのする脱衣所で服を脱ぎ、ガラスの引き戸を開ける。真四角の湯船がひとつだけ。カランの数を最小限に留めているその潔さが美しい。大きな窓から降り注ぐ光が立ちのぼる湯気を際立たせる。加水・加熱は一切無しの
源泉100%掛け流し。弱アルカリ性の湯がたっぷりと注がれ、42度前後の絶妙の湯加減が保たれている。「美肌の湯」であることは間違いないが、それを過剰に謳っていないところもいい。どれだけ入っても湯疲れしない、理想的な日常使いの温泉である。中には1日4回浸かりに来る常連客もいるらしい。

番台では主人の有地竜平さんが「いらっしゃい」と柔らかな笑顔で迎えてくれる。男女それぞれの湯は源泉100%掛け流し(加水・加熱なし)。

実は2020年、人吉市は大規模な水害に見舞われた。多くの温泉が被害を受け、閉店に巻き込まれた宿もある。ここも大きな被害を受けたが、源泉だけは奇跡的に難を逃れた。「曽祖父から続けてこられたのは、この湯を愛してくれる街の人々のおかげ」と現主人の有地竜平さん。災害があったからこそ、平凡がかけがえのない特別に感じられる。地元の人々にとって、幸せの大元であり、元気の源・・・まさにここは「元湯」なのである。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Kei Sugimoto

人吉温泉 元湯