湯道百選

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和歌山・西牟婁郡

白浜温泉 崎の湯

SHIRAHAMA ONSEN SAKINOYU

波しぶきを纏う露天風呂


有馬、道後とともに日本三古湯のひとつに数えられる和歌山県白浜温泉の「崎の湯」。 岬の突端に位置し波しぶきを浴びるほど海に近い露天風呂は、いまから約1400年前、侵食された砂岩のくぼみに自然湧出する湯が溜まったことに始まると言われている。日本書紀や万葉集にも記述があり、天皇をはじめとする多くの貴人が熊野詣の途中に立ち寄った湯として知られている。

JR紀勢本線白浜駅からクルマで約15分。江戸時代末期から明治にかけて、白浜温泉に自然湧出していた「湯崎七湯」のうち、唯一現存する最古の湯壺。泉質はナトリウム塩化物泉。

この野趣溢れる露天風呂にこれまで何度か浸かったことはあったが、今回は日が暮れ始める頃を見計らって行った。ゆっくりと海に沈んでいく夕日を眺めながら湯に浸かるという幸福。しかもこの日の湯加減は完璧であった。かつては岩場に湯が湧いていたが、現在は200mほど離れた源泉から80℃の湯をひき、加水して適温にしている。ただし、波の高い日は海水が入るため、湯加減の調整が難しいらしい。

公衆浴場としての建物や脱衣所は昭和9年に建設。現在の施設は平成15年に改修されたもので、男女別で入浴が可能になった。

加えて、岩場の一部が浴槽になっているという場所柄、営業可否の判断や施設の管理が実に難しい。それらを担当する長谷充浩さんは、天気予報から目が離せないという。

打ち寄せる波の音を聴きながら、刻々と変わる空の色にいにしえの時を想う。目の前に広がる絶景と、頬を撫でる海風は1400年前のそれと何ら変わるまい。次第に、今自分がどの時代を生きているのか、分からなくなってくる。極上の湯は、時間旅行の切符に等しいのである。


Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton

白浜温泉 崎の湯