湯は、心の垢を落とす。
修行という言葉の意味を紐解くと、こう記されている。「財産・名誉・性欲といった人間的な欲望(相対的幸福)から解放され、生きていること自体に満足感を得られる状態(絶対的幸福)を追求すること。」
禅寺にはそんな修行の場として、言葉を発してはならない「三黙堂」と呼ばれる施設がある。坐禅に打ち込むための「禅堂」、食事をするための「食堂」、そして入浴のための「浴室」。日常の立ち振る舞いも修行と考える禅寺では、入浴という行為も「心と体の垢を落とす」修行の一つなのだ。ただし、今日の禅寺における浴室は歴史的遺産として保存されている場合が多く、実際に使用されている浴室に出合うことは滅多にない。のだが・・・。
1965年、広島県福山市に建立された臨済宗建仁寺派の神勝禅寺には、実際に使用され、かつ一般人の入浴が許されている貴重な浴室がある。国際禅道場における修行の場として建立された本物の浴室。水で悟りを開いた跋陀婆羅菩薩に手を合わせ、入浴料を支払って長い廊下を進めば、峻厳な佇まいの中に自然の美を纏った檜の湯船が現れる。足をつけるのも惜しいほど美しい、鏡のような緑の湯面。大量のラドンが含まれる冷泉を沸かした湯は、実に柔らかい。が、己の快楽のためだけに、この湯に身を委ねてはならない。風に揺れる木々の音に耳を澄まし、心のいちばん深いところに隠れている自分を探せば、ふとした瞬間に体がすぅっと軽くなる。
心の垢を落とすというのは、生きているという最も素朴な幸せに気づくことなのかもしれない。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
神勝寺 禅と庭の
ミュージアム・浴室
- 〒720-0401 広島県福山市沼隈町大字上山南 91
- TEL : 084-988-1111
- URL : https://szmg.jp
- 拝観時間 9:00−17:00(最終受付は16:30まで)
拝観料
大人:1,200円(1,000円)
学生(高校生以上):900円(700円)
中学生:500円(300円)
<浴室>
時間:10:00-16:00
入浴料:一般 800円
学生(高校生以上):600円
小中学生:400円
※タオル付
※6歳以下未就学児は無料
浴室は檜風呂の「開山」と、竹林に囲まれた露天風 呂「竹山」の2種類で、女湯と男湯は日替わりにな る。この寺での1泊2日の宿泊禅体験では入山前 に入浴を済ませ、体験を終えた後にも湯を浴びる という、入浴が重要な行事になっている。湯船か らの景色を堪能したい場合は、平日午前中の訪問 がいい。紅葉の美しい秋は特に混み合う季節だ。