湯は、
時として薬に変わる。
東日本と西日本の境界となる山の中で、奇跡の風呂に出会った。
古事記にも登場する霊峰・伊吹山の麓、岐阜県旧春日村は薬草の聖地である。村には約300種類の薬草が生息し、かつてここに暮らす人たちは、日本で唯一、薬草を売って生計を立てていた。誰もが薬剤師よりも薬に詳しく、長らく薬局もなかったという。今でも薬草は水や空気のような存在で、暮らしの中に根づいている。薬草茶を飲み、薬草風呂に入るのが日常・・・そんな村が存在することを教えてくれたのは、和ハーブ協会の古谷代表だった。春日の薬草風呂に是非とも入りたい!と古谷代表に懇願して辿り着いたのが今回の野天風呂だ。
代々この村で農業を営んできた小寺家の畑の中に設えられた鉄の風呂釜。湧き水を傍らのドラム缶で沸かし、湯を風呂釜に移す。冷たい湧き水を足して温度を調整し、独自に調合した薬草袋を浮かべれば極上の薬草風呂の出来上がり。小寺家では、農作業や炭焼きの後、この風呂で疲れを癒してきたという。囲いもない大自然の中で服を脱ぎ、薬草の香り漂う湯に浸かる。湯の溢れる音と引き換えに虫の音が聞こえてくる。伊吹山から神々しく降り注ぐ太陽の光を浴びて、爽やかな風を頬で感じれば、たちまち心がほどけていく。薬草のブレンドは各家の秘伝らしいが、今回はヨモギやドクダミ、クロモジ、カワミドリ、タムシバなど9種類のミックスとか。
こんな湯に毎日浸かっていれば、健康になるのも当然だろう・・・と、今なお毎日畑に出ている87才と84才の小寺夫婦を見て思った。
Text by Kundo Koyama
Photographs by Alex Mouton
薬草農家の湯
- 〒 ※個人宅のため、非公開